小学校教員にょんの日々ログ

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20冊目「『学校』をつくり直す」 146

今年度20冊目の読了はこちら。

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「『学校』をつくり直す/苫野一徳」

著者の苫野さんのことは、Twitterで知った。

フォローしている教育系アカウントでのリツイートやイイねで

ちょくちょくタイムライン上にお名前が挙がってきていたからだ。

流れてくるツイート内容を拝読していて、

「おや?これはどういうこと?もっと知りたいな。」

と自分のアンテナに引っ掛かることが日に日に増えていた。

それにつれて、「一度本を読んでみなくては…」という気持ちも大きくなっていった。

 

そんな中、購入したのが本書である。

本書を読んでの感想を一言で言うならば、

「自分の教育に対する価値観の転換を突き付けられた」だろうか。

 

本書の帯に書いてあり、本文でも語られている言葉にハッとさせられた。

いや、「ハッとさせられた」では済まない。

頭を思いっきり殴られたような気分だ。

 

 みんな一緒、みんな同じの、150年変わらない

この国のシステムは、本気で変えなくてはいけない―

 

ここで著者の苫野さんが言っている「この国のシステム」とは、

一つの教室に、同じ年代の子どもたちを何十人と詰め込み、

同じ学習内容を、同じペースで、同じように学習するという、

現在でも多くの小学校で行われている公教育の構造そのものを指す。

 

当たり前と言えば当たり前だが、

私が通ってきた小学校もここで苫野さんが言うところの公教育そのものだ。

黒板は教室の前にあり、

担任教員が知識を教えてくれる。

たまにある発問に、正解だと思う答えを発言し、

わからない・自信がない時は、黙る。

机は規則正しく、黒板の方を向いて並んでいる。

毎時間、学習内容がクラスメイトと違うなんてことはない。

みんな同じ問題を、同じ課題を、

同じ時間で解く。

そんな小学校時代。

私が特別なわけではないだろう。

きっと日本にいる多くの大人が、

私が今言ったような教育を受けてきたのではないだろうか。

そして、この経験、多少の誤差はあれど、

私より上の世代や少し下の世代に聞いても、

ほぼ同じである。

世代を超えて、教育の質が変わっていないのである。

そんな教育を受けてきた私が、今教員という仕事に就いている。

教員という仕事に対するイメージや価値観のようなものは、

当然、自分が受けてきた教育の影響を色濃く受けている。

よく言われる。

「教員は自分が受けてきた教育のように、指導する」と。

 

ということは、だ。

その私の教育を受けて、今の子どもたちは数年後、大人になる。

その中には、ひょっとすると、教員を目指す子もいるかもしれない。

しかし、その子の教員としてのベースも、私が受けてきた教育観と、

そう大きくは変わらないだろう。

もちろん、ベースの話であって、当然価値観は変わっていくものだ。

その子が、教員になったからと言って、

自分が受けてきた教育のままに、子どもたちを育てていくとは限らない。

しかし、その可能性は十分にある。

 

時代は、こんなにも短期間でどんどん変化しているのに、だ。

教員向けの研修の冒頭でもずいぶんいろいろなところで言われるようになった。

「今の小学生が大人になる頃には、今ある仕事の何割かは、

 もうこの世に存在していない。」

そうだろう。

Youtuberなんて仕事、私が小学生の頃にはなかった。

世界は確実に変化を続けている。

それも加速度的に。

今、私が受け持っている子どもたちが生きる未来は、

私の知っている世界ではない。

私だけではない。

誰もその未来を知らない。

なのに、そんな未来を生きる子どもたちへの教育は、

私たちの親の世代が受けてきたものとそう大差ないのである。

どっちの教育がいい悪いの話ではない。

完ぺきな教育法なんてない。

だからこそ、もっと柔軟であるべきだ。

子どもたちの実態・子どもたちがこれから生きていく未来、

そこから、つけていくべき力を吟味し、

その力をつけるための最適解を探し続けなければいけない。

 

話は、少し本流からそれるかもしれないが、

本書を読んで思い起こした記憶がある。

初任校で校内研をしたときのことだ。

国語だった。

私が当時考え作った指導案は、

まさに、自分が小学校の時に受けてきた授業を再現したようなものだった。

授業本番、子どもたちの反応は良かった。

それに気を良くした私は、授業終了のチャイムが鳴った時、

授業が成功したと確信していた。

顔には、満足感さえにじみ出ていたかもしれない。

が、それらのポジティブな感情は、討議会で木っ端みじんに吹き飛ばされた。

講師に来てくださっていた先生の第一声は、忘れられない。

 

「これは国語の授業ではありません。

 もし、今後も同じような授業をするというのであれば、

 もう私を呼ばないでください。」

 

頭が真っ白になった。

その後のことは、覚えていない。

 

何がいけなかったのか、

なぜ?

私が受けてきた授業は、今日のとおんなじようなものだったぞ?

これが、国語の授業じゃないのか?

 

頭をガツンと殴られたような気分だった。

一週間ぐらい落ち込んだ。

でも、「このままじゃだめだ」と思い、

板書や発問、考えられるだけ考えて、

翌年、もう一度授業をした。

講師は一年前と同じ先生だ。

リベンジのつもりだった。

「これでどうだ!」という気持ちもあった。

しかし、結果は同じだった。

 

「去年と変わってないですね。これは国語の授業ではありません。」

 

その講師の先生は、のちの(今も)私の師匠(メンター)になるのだが、

このときは、それどころではなかった。

心が折れそうだったが、

ここで折れてしまっては、去年と同じ。成長がない。

そう思いとどまって、討議会後半の先生の話を

一言も聞き逃すまいと聞いた。

でも、わからなかった。

さっぱりだった。

でも、今思い返せば、納得できる。

そもそも前提が違ったのだ。

私には、私の考えていた国語の授業の構造があり、

先生は、その構造自体からして違う話をしていたのだ。

その自分の考えていた、

もっと言えば、自分が受けてきた教育の構造を

捨てるというのは、なかなかに難しいものだった。

その人にとっての当たり前とは、とてもやっかいなものだ。

それが、その人の認識の枠組みであるから、

その枠組みが、あくまで数あるうちの一つで、

外側には、たくさんの枠組みがある、

という事実をなかなか受け止められない。

私もその後、何年もかかって、ようやく受け入れられた。

 

話を元に戻す。

本書を読んで、

「これまで自分の中で、いや、もっと大きな規模で、

 『日本の教育=こういうもの』と思ってきたもの、

 思われてきたものをいったんゼロにして考える必要がある。」

ということを痛感した。

それは、大げさでも、突飛なことでもなく、

まさに、今そうした価値観の転換が必要とされていて、

その事態は一刻を争う。

 

日本の公教育に携わるとして、

パラダイムシフトの必要性を痛感した。

その視点でもって、自身の勤務校の現状を見ても、

当てはまることが次々に出てくる。

時数や指導事項に追われる毎日、

通常学級で支援が必要な子どもたち、

本当の興味関心から遠く離れた受け身感の強い学習。

そのどれもが、子どもたちの未来へ効果的であると言えない。

言いきれないまま、日々の指導当たっている自分。

このままじゃだめだ。

でも、じゃあどうする。

本書の中に、そのヒントがいくつかあった。

「探求」はその一つだ。

教師の役割も昔とは違う。

自分の背景にある教師像も一度捨てて、

作り直さなければならない。

これからの時代に求められる教師とはどんなものなのか。

そういう意味で、本書の中にある「共同探究者・探求支援者」としての

教師の姿というものには、とても共感できた。

このあたりのことについては、

また、別で書こうと思うが、次の読了本とのリンクがかなりあって、

本書ともう一つの読了本を合わせて、もう少し具体的な実践として、

「こうしてみようか」という事が見えた。

 

頭を殴られたような衝撃は、読んでからずっと私の中に残り続けている。

でもそれは、ただの衝撃ではなくて、ワクワクを伴ってもいる。

本書を読んで、これからのことを考えて、すごくワクワクしたのだ。

学校はまだまだ面白くできる。

「学ぶこと」ってもっともっと楽しめる。

そんな思いだ。

 

次回に書くが、次の21冊目の読了本が、

その気持ちをさらに加速させてくれた。

これからの未来を生きる子どもたちに、

まだ私が見たことのない教育を私が。

一筋縄ではいかないが、

だからこそ、これから時間をかけてしっかり取り組んでいきたい。

そう思えるきっかけを本書にもらった。