小さくて大きな一歩。 267
異動して2年目の春を迎えた。
これまで今の学校を長く支えてこられた先生が一気に3人抜けた。
でも、いつだってできることはあるし、組織をより良くしていくことはできるはずだ。
そして、組織は人だけど、人じゃないよなあとも思う。
大事なのは、今、組織にいる人そのものであって、その人が、スーパーマンかどうかは関係ない。
RADWIMPSが野田洋次郎4人のバンドだったら、もっとすごいバンドになっていたかと考えると、おそらくそうではないのと似ているかもしれない。
最近、そんなことをずっと考えている。
「雨垂れ石を穿つ」という言葉がある。
現実は、「穿つ」って言葉のインパクトよりももっと静かでゆっくりとしたものなのかもしれない。
この言葉のように、組織が緩やかにでも確かな手ごたえを感じながら変わっていくところを、ぼくは見たいんだと思う。
組織の変化をその中の1人として、内側から眺めてみたいんだろう。
異動初年度の昨年は、コロナ&初めて担任する低学年&慣れない環境などに苦戦した。
外から入ってきただけに、組織のよくない部分も色々と見えた。
意気込んで異動してきた最初の頃、ぼくは、組織を「変えよう」とした。
積極的にあちこちに働きかけて、まるでそれが自分の使命とでも言わんばかりに。
でも、うまくはいかなかった。
「人」を「変える」のは難しい。
「組織」も「変える」のは難しい。
ぼくが使っていた「変える」という言葉は、自分以外の対象が「変わる」のを強要していた。
そこに、自分が「変わる」という発想はなかった。
人も組織も、外側から「変えられる」と感じると、反発する。
変えようとする以上の力で、押し返してくる。
諦めたわけじゃないけど、ぼくは、やり方を変えた。
一人一人の先生が、今何を感じているのか、何を思っているのか、どうしたいのか、そんなことをただただ丁寧に聞くように心がけた。
自分と違うことを感じていても、とにかく共感を意識した。
自分と違うことを思っていても、その背景に思いを巡らせた。
何をしたいのかを聞いて、その背後にある価値観を想った。
もちろん、意識はしたけれど、十分聞けたとは思わない。
自分が使える時間にも制約がある。
それでも、少しずつ先生たちとの関係性が変わっていくのを感じた。
そして、3月末。
異動が決まった先生たちが身の回りをきれいにして去っていく中、残ることが分かっている先生たちで「来年度の会議や対話の時間をどう設計していこうか」という話になった。
その流れの中で、4月1日の午前と午後の職員作業や会議前の貴重な30分を委ねてもらえることになった。
管理職と教務主任と作戦会議を練り、当日を迎えた。
午前の職員作業前、職員室から隣の会議室に移動してもらった。
室内には、4つの机の周りにそれぞれ4つずつのイス。
机の上には、対話用のカードゲーム「センセイトーク」を準備しておいた。
お題カードは、新転任の先生方でも困らないように、少し内容を精選。
まずは、「今のあなたの状態は、10点満点中何点ですか?」と投げて、グループでチェックインしてもらった。
同じ7点にも、違った理由があり、そこにその人が少し見える。
短い時間でも、「聞く」ことだけに集中できる、「話す」ことだけに集中できる空間や時間の大切さをひしひしと感じた。
その後、センセイトークのルール説明を簡単に行い、10分間、それぞれで対話をしてもらった。
どのグループからもにぎやかな声が聞こえ、笑顔が見えて、純粋にうれしかった。
感情を出して、それを共有できるのって、やっぱり心地いいなあって思った。
午前のチェックインの30分は、あっという間に終わって、その後、職員作業に移った。
その職員作業に移る前の5分ほどの休憩時間。
「にょんさん、ありがとう。何かめっちゃあったかい気持ちになったわあ。」
「めっちゃ楽しかった!時間短すぎへん?!笑」
「いやあ、何かこの学校に来て今日が一番いいスタート切れたなあって感じました。」
そんな言葉をかけてくれる先生たちがいた。
届いたと思うと、うれしかった。
昼食をはさんで午後からの職員会議前、アイスブレイク第2弾の30分。
チェックインは、「今日のお弁当で一番おいしかったおかずは何?」。
親睦会の担当の方が、注文してくださって、みんな同じお弁当を食べていたので、この問いを投げてみた。
「エビフライだ」「煮物だ」「いや、おかずやなくて白ご飯や」と大いに盛り上がった。
そこで、ほぐれてきたようだったので、次の問いへ。
「あなたが『これは参加したくないなあ』と思うのは、どんな会議ですか?」
結構チャレンジングな問いだと思っていた。
状況によっては、過去の会議での誰かの特定の言動をイメージして、それが何となくわかってしまうような発言が出るかもしれないから。
でも、最終的に残ったメンバーの今の様子でそれは大丈夫だろうと判断した。
4分で20個という条件で、グループごとにアイデア出しをしてもらった。
4分で20個というところに、スピード感を持たせることで、一個アイデアが出ても、それをじっくりではなく、次へと意識を向ける意図もあった。
どのグループもほぼ20個を出し切ったのと、他のグループから聞こえてくる意見を耳にして、「ああ~!」とあちこちから共感の声が上がっていたことには、びっくりした。
出した20個のアイデアの中から、最大で3つまで「特に参加したくない会議」を選んでもらった。
選んでもらったら、全体でシェア。
どのグループも3つ選んでて面白かった。
別に1つでもいいのに笑
これは、「3つ選ばなきゃ」という意識が働いた結果なのか、それとも「特に参加したくない」がたくさんあったということか。
全体シェアすると、一人一人の先生たちの中にあったネガティブな会議のイメージが可視化されたことで、「こういう会議はしたくないよなあ」というものが共有された。
今振り返ると、これが良かったなあと思った。
メインの問いは、このあと。
「では、今出たような会議を生み出さないために、あなたにはなにができますか?」
主語を「あなた」にして、自分事にしてもらうことを促した。
いきなり、この問いを投げると、ふわっと抽象的な優等生的答えが表面をなぞって終わるんじゃないか、という危惧があって、足場かけの問いとして、先の「参加したくない会議」出しをした。
最後に、この問いに対する一人一人の考えを紙に書いてもらい、グループでシェア。
紙は提出してもらって、画用紙に一覧にして貼り、いつでも見えるように職員室に掲示した。
「今日の会議は何点でしたか?」の問いを添えて。
これが、本校の今年のスタート。
翌日の部会でも、それぞれチェックインからすたーとすることができた。
これは、大きな一歩なのだろうか。
それとも、小さな一歩なのだろうか。
今は、まだわからないけれど、どこにも理想郷なんてない。
そこには、そこの現実があるだけ。
そんな、しばらく前に友人が言っていた言葉を想う。
一つ一つ、焦らず、欲張らず、積み重ねていく。
最終日。 266
昨日は、R2年度最後の出勤日だった。
前回の記事で書いたサプライズを行うのが、最大の目的という出勤日。
(あと片付けと)
サプライズは11頃から行われた。
直前の先生たちでの作戦会議で、みんな職員室の後ろの休憩スペースに隠れておくことにした。
隠れた後、教頭先生が「緊急の打ち合わせしたいんで、職員室にお願いできますか?」と校長先生を呼びに行く。
職員室に入ってきた校長先生は、「あれ?みんなどうしたん?誰もおらへんやん。」とつぶやいていた。
笑いを押し殺し、隠れるぼくたち。
「あれ?さっきまでいてはったんですけどねー…?」とすっとぼける教頭先生。
そして、少しして、みんなで拍手と共に姿を現した。
ハトが豆鉄砲を食らったような顔とはまさにこんな顔かってぐらい、キョトンとする校長先生。
そんな中、定年お祝いの品と、寄せ書きをプレゼントした。
見た瞬間に、パッと笑顔になったのが、本当に最高だった。
「笑顔が咲く」って表現があるが、まさにその表現にぴったりだった。
みんなでひとしきりお祝いをして、サプライズは大成功の内に幕を閉じた。
そこからは教室の残った片づけ。
すみずみまできれいに掃除もし、次の先生と子どもたちに気持ちよく使ってもらう準備は万端。
職員室に戻ってくると、5時を回っていた。
目の前には、異動される先生がお二人。
まだ、最後の片づけにバタバタ忙しそうだった。
だからだろうか、何となくそのまま「お疲れさまでしたー」とスーッと帰ることができなくて、雑談しながら、職員室の机の上を、「もう何も片づけることないやろ」とツッコまれそうなくらいになってもまだ無駄に配置をいじったりして過ごした。
そして、「最後に一緒にギター弾きたいですねー」と話をしていると、みんな忙しいのに、合間を縫って30分ほどギターを一緒に弾くことになった。
時刻は6時。
ぼくともう一人の先生でギターを弾き、あと二人の先生が歌い、それを見てもうひとりが笑い…。
何曲か弾いた後、ゆずの「栄光の架橋」を熱唱して終了。
最後の最後に、ステキな時間をともにできて本当に良かった。
これまでの感謝を改めて伝え、職員室を後にした。
1つ心残りがあるとすれば、「今日で最後やから」じゃなくて、今日みたいな風景が日常にある職場にしたいなあと思った。
日々、みんな忙殺されてて、「そんな余裕ない…」感が、ぼくを含めあったけれど、今年はその反省も踏まえて、やっぱ「楽しい」って原点に立ち返りたい。
いかに、「緊急性はないけど重要性は高くて楽しいこと」をする時間を生み出していくか。
そんなことを考えながら、気合を入れる早朝5時。
でもまあ、気負い過ぎはよくないから、まあぼちぼち。
いっしょにつくる。 265
前回の記事で、学校長が定年を迎えたあいさつについて書いた。
実は、この記事で書いたあいさつの終わった直後、用意していた花束を職員からプレゼントした。
学校長は、そのサプライズを全く知らなかったから驚いていた。
サプライズは成功である。
しかし、今回のサプライズは、2段階構成になっている。
宇宙への打ち上げロケットみたいだ。
本当の勤務最終日である今日、その第2弾サプライズを決行する。
サプライズが2段階構成になっているのにはわけがある。
間に合わなかったからである。笑
3月21日の夜、同僚から電話があった。
職員室でサプライズ企画を思いつき、協力してほしいとのことだった。
すぐにOKの返事をしたら、学校長の似顔絵を書いてほしいと依頼された。
「でも、忙しいのは100も承知やから、断ってくれてもかまへんし、全然31日まででいいから!」
とえらく恐縮された。
でも、その似顔絵を書いて、それを表紙に、みんなからのメッセージの寄せ書きをつくると聞いたぼくの心はそわそわしていた。
はやくやりたくてうずうずしていた。
だから、電話を切った後、すぐに似顔絵づくりに取り掛かり、プロトタイプを完成させた。
時計を見ると、書き始めてから2時間半がたっていた。
完全にゾーンに入って、没頭していた。
翌日、プロトタイプを持ってうきうきして学校へと向かった。
放課後、学校長のいない職員室でプロトタイプを見ると、えらくほめられた。
いや、ほめちぎられた。
実物を見たことで、他の先生たちの頭の中にあった漠然としたイメージが形を持ち始めたんだと思う。
「こんな感じにしようか!」「こんなこともできるんじゃない?」
アイデアが止まらない。
そこから、書いた似顔絵をもとに、寄せ書き全体のデザインを考えていった。
その中で、それぞれに役割分担をし、サプライズ企画を進めていった。
この間、ものすごく楽しかった。
ポジティブな共通の目的に向かって進んでいくこと、
何かをいっしょにつくりながら対話していくこと、
そんなことの価値をすごく感じていた。
いっしょにつくっているものが真ん中にある状態で起きる雑談の中に、それぞれの価値観や見方が見え隠れする。
「いいねえ、良い感じやわあ。」とポジティブな承認を大切にしている教頭先生の姿だったり、
あちこちの先生に声をかけて、「みんなで」やろうと、人と人をつなごうとする発起人の先生の姿だったり。
ああ、なんかいいなあ。
言葉にしてしまうと、途端に雑味がそぎ落とされて、なんかまるっと全部この感覚を伝えられないのだけれど、とても温かく幸せな気持ちだった。
ぼくは、1年前に異動してきたときより、確実に今の職場が好きになっている。
そりゃあ、いろいろ課題は山積みだ。
けれど、それに対して、ポジティブに動いていこうと思える関係性が、ゆるやかにだけれど、できてきているように思う。
今回みたいな、「いっしょにつくる」ってことを通して、この関係性をより良くしていきながら、その関係性でもって、学校がより良く変化していけばいい。
コーチングで学んだこと、組織開発で学んだこと、システム思考で学んだこと、その他もろもろ…
すべてはつながっているなあという感覚。
ぼんやりとだけれど、そんな風に感覚として捉えられている自分がいる。
明日から新年度が始まる。
よし、まずは、今日のサプライズを成功させよう。
弱さを見せるということ。 264
先日、勤務校の修了式があった。
異動1年目。
激動の一年を何とか終えられたという安堵感が一番大きかった。
子どもたちを帰した後の職員室にも、そんな緊張から解き放たれたゆるやかな空気が流れていた。
打ち合わせを終えると、学校長からのあいさつがあった。
ひとしきり職員への感謝を述べた後、「私事ではありますが…」と切り出した学校長。
今年で定年を迎えるので、そのあいさつだった。
そのあいさつが忘れられない。
ここでも、しきりに周りの方への感謝を述べられていた。
そして、その後に語られたのは、ご自身のこれまでの管理職としての苦悩だった。
教諭としての経験がなく、管理職になったからこその葛藤や悩み。
「そんな自分にいったい何ができるのか」と繰り返される自問自答。
それでもここまで続けてこられたことへの感謝。
普段から明るく、軽口をたたいて場を和ませてくれる。
しょっちゅう差し入れをしてくれる。
そんな学校長の、見たことのない姿だった。
このあいさつが、自分にとって忘れられないことの根っこにあることに思い至ったのは、そのあいさつが終わった少し後だった。
それが「弱さ」だった。
その「弱さ」には、学校長も同じ人間だったということに気づかせてくれる「強さ」があった。
「いやいや、同じ人間て…当たり前やん。」と思うが、違った。
普段、何気なく働いていて、その当たり前である「同じ人間である」という前提を意識できていなかったなと思わされた。
それは、毎日毎秒、吸ったり吐いたりする空気を意識して呼吸していないことと似ている。
でも、意識できていないからこそ、零れ落ちてしまうものが確かにあったんだと思う。
誰もが感情を持った人間であり、瞬間瞬間に何かしらを感じながら、それを時に表出させ、時に押し殺し、生きている。
でも、たとえば職場で、「担任」として、「学校長」として、「教務主任」として、そうやって、属性に埋もれて働き、コミュニケーションを取っていると、その属性そのものが、その人であるかのような錯覚を起こしてしまう。
そして、それは簡単にそれぞれの「当たり前の現実」であるかのように、意識の中に居座ってしまう。
その無意識が、それぞれの関係性の中に、じわじわとしこりのようなものを生んでいく。
学校組織の人間関係のうまくいかなさには、この無意識が大きく関係している。
自分の横っ面をひっぱたいてくれたような、学校長のあいさつだった。
「わかっている」にもレベルがある。
頭でわかっているのか、実感として体でも心でもわかっているのか。
頭でわかっているだけでは、やっぱり表面的で、それは体になじんでいない。
だから水と油のように、分離していってしまう。
頭での「わかっている」と体や心での「わかっている」を界面活性剤のようにつないでくれたのが、学校長の見せた「弱さ」だった。
このあいさつから数日たつが、あっという間に新年度が始まろうとしている。
転勤に伴って、勤務校の人間関係もまた少しずつ新しくなっていく。
でも、ともに働いている人たち一人一人が同じ人間であること、
人間である以上感情があり、その感情の影響を受けながら日々を過ごしていること、
その感情を受け止めないと零れ落ちてしまうものがあること、
それらのことを忘れずに、ていねいに働いていきたい。
マリアブルに。 263
先日、この本を読んでいて、マリアブル(malleable)という言葉に出合った。
日本語にすると、「可鍛性」というそうだ。
これは、「鋼を熱して叩いていくと、強度や靭性(粘り強さ)が向上していく」
という意味の専門用語らしい。
この言葉が引っかかったのは、なぜだろう。
引っかかったルーツをたどっていくと、いくつか思い浮かんだ。
一つ目は、「書けるようになるためには、書くこと。」という言葉。
毎週参加しているオンラインサークルのメンバーでの会話の中で出てきた言葉だ。
二つ目は、同じくそのオンラインサークルの別の日の集まりで、自分が本紹介した中で使った、「筋トレした後の超回復みたいな」という言葉。
三つ目は、ここ最近自分の中で気になっているキーワードである「生命科学」「生物学」という言葉。
これらの言葉と、今回出合った「マリアブル」との間に、アナロジーにも似た感覚を得た。
結論から言うと、人間のありとあらゆる活動は、「マリアブル」であり得るのではないか、ということ。
鋼を叩けばどんどん強度や靭性が向上するというのは、筋トレをして一度切れてしまった筋繊維がより太く超回復するイメージと重なる。
ウイルスとワクチンの関係もそんなところがあるんじゃないか。
ワクチンの性能が向上すれば、そのワクチンに耐性のあるウイルスが現れる。
雑草は、踏まれることでより強くなっていく。
「切れる」「耐性」「踏まれる」、これらの言葉は、「負荷」と置き換えられるかもしれない。
世の中の事象や生命の仕組みの中には「マリアブル」が組み込まれているように感じる。
それらのことから、先述のような感覚「人間のありとあらゆる活動は、マリアブルであり得る」に行き着く。
グロウスマインドセットで有名なキャロル・ドゥエックも「あらゆくことはマリアブルであることが重要だ」と提唱しているそうだ。
結論としては、ドゥエックの提唱していることとほぼ同じことだけれど、このことを書こうと思ったのは、自身の体験として、この「マリアブル」が腑に落ちたり、これまでの言葉や経験とつながったからだ。
ぼくは、ぼくの感覚としての「腑に落ちる」から、「マリアブル」に引っ掛かりを覚えた。
最近、「書く」ということから少し距離を置いている自分がいた。
このブログもそうだし、学級通信も、日々のリフレクションも、3学期に入ってそのペースは明らかに失速していた。
「モチベーションが…」と片付けるのは一瞬なんだけれど、そうじゃなくて、物理的に「書かない」という状態が「書けない」「書く気がない」になってるんだと思う。
書く「筋肉」が衰えているんだと思う。
ぼくの最近の「書く」は、マリアブルじゃないんだ。
「書く」ことによって、自分の「書く」という鋼を叩くことをしていない。
だから、いざ「書く」に向かうと、その強度や靭性が弱くて折れてしまうんだ。
「書けるようになるためには、書くことだ。」という言葉は、まさにという感じ。
それとは逆に、最近の自分の「読む」はマリアブルだなあと思う。
年末までは、ぼくの「読む」のマリアビリティはかなり低かった。
本屋に行けば、気になる本は毎回毎回見つかって、すぐに買うのだけれど、読み切ることができないで、積読が増えていく。
けれど、先述のオンラインサークルの中で、年明けから読んだ本を一週間に一回紹介する機会を得た。
それがきっかけになり、心地よい強制力も手伝って一週間で一冊の本を読むことができた。
久しぶりだった。
充実感や達成感があった。
それに加えて、読了した後、頭の中に新たに「問い」が浮かんだ。
その「問い」に関わりそうな本を翌週に読む。
紹介する。
読む。
…を繰り返し、気付けば、年が明けて10冊の本を読むに至る。
決して多い数ではないけれど、それでも、ぼくにとっては、心地よいペースで読み続けるという事ができている。
そして、ここ最近では、読み始めてから集中状態になるまでの時間がかなり短くなってきた。
そして、一日で読めるページ数も増えてきているのである。
「読めるようになるためには、読むこと」なんだろう。
それを実感している。
ここに書いていることは、当たり前も当たり前のことなのかもしれない。
けれど、ぼくにはとても新鮮な気づきだった。
そして、この「マリアブルであること」への気づきが、今、ぼくをこうしてブログを書くことへ向かわせている。
「書く」と「読む」以外の活動も、きっと「マリアブルであること」が大切な気がしている。
「話す」や「聞く」も。
「演じる」も「受け止める」も「共感する」も。
「マリアブル」という視点で様々な活動を見るとき、ちょっとポジティブな気持ちになれる。
「やってみようかな」という自分がむくっと起き上がってくる感じ。
それが真実かどうかは、どうでもいい。
所詮、ぼくの見方でしかぼくの現実は存在しない。
でも、その現実を他者と共有し、その間に現実を創っていくためにも、可視化は大事だ。
その手段は、「書く」なのかもしれないし、「読む」なのかもしれないし、「話す」なのかもしれないし、「聞く」なのかもしれない。
でも、どの手段であろうと、「マリアブルであること」、それはまだ触れていない可能性への道を見つけるために必要なんだろうなと思う。
点と線。262
「思い立ったが吉日」
そんな言葉を久々に思い出した今朝。
物事にはタイミングがある。
最近、そう思うことが多い。
きっかけは、何だろう。
あれだ、昨年12月の仕事におけるうまくいかなさ。
あそこから始まってたんだろうな。
今はそう思える。
あの時は、それこそ「終わりだ」くらいに思ったこともあったけど。
U字型の二次関数グラフの底から少しずつ這い上がってきた感じ。
人は這い上がっていって、少しずつ上向いていると実感できると、不思議なもので、触れる人やもの、ことがポジティブな意味を持って自分に飛び込んでくる。
落ちているときって、自分の状態が良くないことを自覚して、「これじゃだめだ。」って、自分の内と外で起こっている望ましくないと思っていることを何とか価値付けようとリフレーミングに躍起になって、何とか自分を説得しようとしがちだ。
いや、一般論でなく、自分がそうだ。
そうだった。
でも、今回は、リフレームしようともせず、ただただ自分に起こった望ましいと思っていないことを受け止めた。
そこから沸き起こる怒りや情けなさ、悔しさ、むなしさ、といった負の感情も抑え込まなかった。
なんなら、自分以外の誰かに吐き出すことがスッとできた。
そのことも自分にうまく作用したのだろう。
2ヶ月ほどたった今、自分を通して見る世界は、以前のそれに比べて鮮やかに感じられる。
気にも留めなかった日常の中にある綺麗だったり面白かったりステキだったりすることをキャッチできるようにもなってきた。
昨日、エデュシークオンラインのイベントに参加した。
テーマは「振り返りの探究」。
その中で、「ぐちゃぐちゃな感情をぐちゃぐちゃなまま置いておくことが時に大切である」と登壇者の一人である武田信子さんが言っていた。
その言葉は、ぼくの胸の中をすーっと駆け抜けていった。
ぼくは、しばらく「言語化しなければならないのに、言語化できない自分」にもどかしさを感じていたのかもしれない、と腑に落ちるような感覚があった。
そして、「言語化しなければならない」というある種の強迫観念に取りつかれていたのかもなあと思った。
「無理やり思考に落とし込まなくてもいい」
その言葉に、とても救われた気がしたのだ。
もちろん、それは忘れていいということではない。
時間を経て発酵させていく。
機は熟すというけれど、まさに発酵だ。
毎週末にあるサークル。
年末は先述のしんどさから学ぶ意欲も高まってこず、随分とぼんやりと過ごしていたなあとふり返って思う。
年が明けて、最初のサークル。
ぼくの中では、何か動き出したい気分が高まってきていた。
きっとこのころ、僕の中でぐちゃぐちゃなまま置いていたものたちは機が熟してきていたんだと思う。
サークルのメンバーもそれぞれに色々と抱えながら、奇しくも似たようなタイミングで、そろそろ動き出したいなあという気持ちを持っていたようだ。
本紹介から新年の活動をスタートさせた。
翌週末のプレゼンに向けて、日々少しずつ読書をする中で、心地良い強制力が自分を少しずつ前へ進めてくれているのを感じた。
本に書かれてあることが自分の日常と紐づいていく感覚。
この感覚に再会するのに、随分と長い時間がかかったなあと思う反面、そうでもないかと思う自分もいたり。
あっちをふわふわ、こっちをふわふわ。
でも悪くない。
「ねばならない」は、日々あちこちに転がっていて、油断すると、すぐに自分の心の隙間にスッと入ってきていつの間にか居座っていたりする。
もっと学ばなければならない。
もっとよく子どもたちを見なければならない。
もっと考えて授業を組み立てなければならない。
もっと
もっと
もっと。
挙句には、「ねばならない」なんて考えないようにし「なければならない」。
「ねばならない」はどこか、自分自身から距離のある言葉だ。
「ねばならない」の奥で、「で、どうしたいの?」「で、今何を感じてるの?」という声がかすかに聞こえる。
サークルメンバーの言葉が頭の中に浮かぶ。
「わからないものをわからないままわかろうとする」
「わかる」と言い切れるほど明確なものってどれだけあるんだろう。
そんな明確な「わかる」があったとして、果たしてそう言い切れた時、本当に自分は「わかって」いると言えるのだろうか。
でも、「わからない」ことに胡坐をかくのも違う。
境界線はどこまでも曖昧で揺蕩っている。
でも、今は、それでいい、と思える自分がいる。
そう思える自分がいるというのが、今のぼくの「実感」だ。
これからも悩んで迷って立ち止まって絶望したりもするだろうけれど、
そういうもんだろう。
物事にはタイミングがある。
今は、ただ少しだけ手にしたこの実感を感じながら進みたい。
穴。 261
実家は、今の家から来るまで20分ほどの場所にある。
とはいえ、互いの生活があるので、そんなにしょっちゅう行き来があるわけではない。
でも、盆や正月なんかには集まる。
あと、それ以外に、ふと気が向いたときに寄ることもある。
先日、そんなふと「顔を見に行こう」と思い立って、連絡をし、妻と二人で向かった。
「6時ぐらいに行くわ。」と言ったが、到着はそれより少し遅れた。
飲み物やデザートを買うのにかかる時間を逆算せずに家を出た分、遅くなってしまった。
玄関のチャイムを鳴らす。
「はい。」という父の声。
「はいはーい。」とそれに応じる僕の声。
3秒くらいのやり取りだが、よくよく考えると、全く何者か名乗っていないことに気づく。
それでも確実にお互い分かるところに、家族であることをいつもより強く思い出す。
玄関のドアを開けると、「いらっしゃい」という父の声と、懐かしい実家のにおいが同時にぼくを包む。
この家に、小6から社会人6年目までだから、17年間住んでいたことになる。
今の家に住み始めて、今年で9年目。
そのうち、実家で住んでいた時間を追い越すときも来るんだろう。
実家に行って両親と話をしていると、「お前、よう覚えてるなあ。」と言われることが多い。
でも、自分の実感としてはそうでもない。
思い出せないことは、思い出せることよりたくさんある気がしている。
学校から帰ってきたときのばあちゃんとの会話だったり、
風呂に入って読んでいた本のことだったり、
持っていた服の中からどれを着るか選ぶ時の迷いだったり。
でも、思い出せないだけで、忘れたわけではない。
過ごした時間は、確かにあの家に積み重なっている。
そう感じたのは、ご飯を食べてひと段落をしてトイレに行った時だった。
便座に座ってズボンを下ろし、ぼんやりと前方の壁を見た。
そこには、何もなかった。
いや、正確には、あった。
壁に開いたたくさんの小さな穴。
穴を見て、すぐにこれが何なのかわかった。
カレンダーを留めていた押ピンの刺さっていた穴だ。
そう、ここには、子どもの時から年間のカレンダーが貼られていたんだ。
じっと見ていて、思わず写真を撮ってしまった。
穴の数に、この家で過ごした時間を想ったからだ。
一つ一つの穴には、この家で過ごした1年がつまっている気がした。
その穴からのぞくと、その時の思い出が見えるような気がした。
これからも、この穴は増えていくんだろう。
でも、当然だが、無限には増えていかない。
これからも、この穴を眺めるたびに、思い出す思い出が増えていく。
そんなつながりを持っていたいなと思う。