渾身のガッツポーズ。 200
けテぶれ開始から1か月と1週間が過ぎた。
子どもたちのけテぶれは、日々山あり谷ありだ。
人生と一緒で、ずっと右肩上がりの成長ばかりが続くわけではない。
成長したと思っても、油断しているとすぐに下り坂に差し掛かっている。
なかなか伸びなくても、失敗から学び、工夫を続けることで、ある日、急に上り坂に転じたりする。
そんなアップダウンをくり返しながら、子どもたちは少しずつ自分を知っていく。
自分がこういう試行錯誤を経て、少しずつ自分と向き合ったのっていつだろう。
ふり返ってみると、大学受験の時かなと思った。
そうか、あの頃の自分に近いことを今子どもたちはやっているのか。
そう思うと、1か月やそこらで、はるかに内省の力もまだ発展途上の子どもたちが、本当の成長を遂げ、学習力をつけていくには、時間がかかる。
かかって当然だ。
でも、日々、接していると、その「当たり前」がぼやけてしまうときがある。
できない子どもたちに、ついつい声をかけてしまいそうになる。
結果を焦っているんだ。
でも、まだ1か月。
どっぷりと浸るほど、学びの海に潜らせたり、泳がせたりしているわけではない。
そんな風に立ち止まっては、初心を忘れないように肝に銘じる日々。
最近気になるのは、3~4人のけテぶれ全くやってこない子たち。
でも、私が言ってやるようになっても、それは「言われたから」やっているだけ。
自分自身の内発的動機付けにもとづいていない行動でしかない。
そういう外発的動機付けでやっている行動は、その外からの働きかけがなくなった時点で、元に戻ってしまう可能性が高い。
目的は、何だ。
目の前のけテぶれノートを書いてこさせることか。
違う。
けテぶれは手段だ。
そのノートを見てその場だけ満足するのは、かりそめの感情だ。
そのかりそめの満足におぼれてしまったら、それは目的を見失っていることを意味する。
選択するのは、子どもたちだ。
安易なその場限りの指導に逃げるな。
自分に言い聞かせる。
根を張る作業は、とても地道で、成果も見えず、暗闇の中を進んでいるような心もとなさが常に付きまとう。
でも。
そんな中にいても、きれいな花が咲く瞬間がある。
最近、今週、そんなきれいな花を1輪見つけることができた。
今日は、そのことを書き残しておこうと思う。
クラスにおけるトップランナーと言っても過言ではない、Aさん。
日々コツコツと努力を積み重ねることをいとわず、友だちからも積極的にいいところを吸収して、オリジナルのけテぶれを進化させてきた。
彼女のノートには工夫があふれ、実践を重ねるごとに、自己分析の海に深く深く潜るようにもなっていった。
彼女自身も、自分のけテぶれのやり方に少しずつ自信をつけてもきていた。
しかし、テストになると、あと一歩足りない。
見落としがあったり、書き損じがあったりで、テストは満点に届かない。
担任としても、その努力を知っているだけに、丸つけをしていて、満点に届かない事実と向き合うたびに、私自身もものすごく苦しくなった。
このまま続けば、彼女はいつか自信を失ってしまうのではないだろうか。
そんな不安がよぎったことも一度ではない。
でも、グッと我慢して見守った。
この事実から目をそらしてしまっては、真の成長や喜びには出会えない。
それは、私も彼女も同じだ。
そして、2学期6枚目の小テスト。
毎回、「今日こそは!」という思いは、本人の表情やノートから痛いほど伝わってきていた。
テスト用紙を配りながら、「がんばれ!」と心の中で精いっぱいのエールを送る。
テストはあっという間に終了。
その場で〇つけを済ませる。
何枚目だろうか、Aさんの答案だ。
無意識にペンを持つ手に緊張が走る。
全力の解答用紙の放つ迫力に押されてしまわないように、気合を入れて隅々までチェックして、間違いがないか厳しく採点する。
でも、心の中では、「どうか満点であってくれ。」と祈るような自分もいる。
採点はすぐに終わった。
結果は、満点。
思わず、ガッツポーズをしそうになった。
顔が緩む。
いやいや、頑張ったのは彼女であって、お前は何もしてないやんけと心の中で自分を制する。
全員分の丸つけを済ませ、テストを返却した。
1人ずつ名前を呼んでテストを返していく。
喜んだり、悔しがったり、様々な反応。
そして、Aさんの答案が一番上になる。
名前を呼ぶ。
答案を手渡す。
私から答案をもらって、すぐに点数を確認するAさん。
点数を確認して、すぐ彼女は答案を二つ折りにして、くるっと後ろを向き、自分の席へ向かおうとした。
でも、後ろを振り返った瞬間、彼女は右手を握りしめて、力いっぱいのガッツポーズを作った。
動きとしては、小さな、小さなものだった。
でも、私には、そのガッツポーズがものすごく大きく、そして尊いものに見えた。
もちろん、これで彼女の物語が終わったわけではない。
これからも彼女の挑戦は続くし、右肩上がりばかりというわけにもいかないこともあるだろう。
でも、それでも、この日の100点は、彼女にとって、おそらく忘れがたい100点なのではないだろうか。
これからの自分を奮い立たせてくれる100点だろう。
そう思う。
他にも咲きそうな花がある。
花まではいかずとも、花を咲かせるための根を一生懸命張っている子もいる。
どの子も、自分なりの自分と向き合っている。
向き合えない自分と向き合ってもいる。
がんばれ、みんな。
ただただ、そう願う。