きれいにオチました。 197
ある日の放課後―。
一人の男の子が、A君が私のところへやってきた。
心なしかしょんぼりしている。
どうしたんだろう。
私は、彼の発言を待った。
すると、私の前に来たA君はこう弱弱しくつぶやいた。
「先生、連絡帳を書くのを忘れてしまいました…。」
いやいや、そんな悲壮な顔せんでも…。
大したことちゃうやん。
そう思ったが、彼のその後を見守った。
黙って微笑んでいると、彼は子犬のようなまなざしで私を見てきた。
「これ絶対助け求めてるやつやん!」
しかし、これしきのこと、そもそも私に言いに来ずとも、いくらでも解決可能な問題である。
だから、もう少し考えてほしくて、私は口を開いた。
「連絡帳もう消してしまったしなあ。どうすればいいと思う?」
すると、そこで初めてきょろきょろと教室を見回したA君。
その視線がある一点で止まった。
そして、その後、私に向かってこう返した。
「友だちに見せてもらって写します。」
はいはい、オッケーです。
できれば次は、先生に言いに来ずとも、そうやって自分で対応できるようになっていけるといいね。
A君は、教室に残って何をするでもなく、ふらふらしていたB君のもとへ行った。
そして、
「なあなあB君。ごめんやねんけど、連絡帳見せてくれん?」
その言葉にふり返ったB君、一瞬動きを止めた後、A君に向かってへらへらしながら返事をした。
「連絡帳?あっ、俺も書いてないわ~!へへへへ。」
あんたもかいっ!!
横で聞いてて、盛大にずっこけて、爆笑した。
なんてオチ。
気付けば、うるんだ子犬みたいな目をしていたA君も笑っていた。
その後、二人はもう一人教室に残っていたC君に連絡帳を見せてもらって、事なきを得た。
「連絡帳を書く」というのは、あくまで「手段」であるわけで、それが何かと問われれば、「次の日の予定や持ち物を把握し、見通しを持って準備などをできるようにすること」である。
だから、究極、連絡帳なんて書かなくてもいい。
自分が毎日の学校生活を送っていく中で、困らなければいいのだ。
「手段」と「目的」をはき違えないことで、本質的なことに集中して、行動ができる。
そして、「連絡帳を書き忘れる」という困った事態(A君にとっては)に陥っても、「じゃあ、どうすればいいのか」を冷静に考えて、行動に移せることが大切である。
「連絡帳を書くのを忘れました。」というすでに起きたことの報告をしたところで、あまり意味はない。(内容にもよるが)
だから、理想は、私になど言いに来ず、自分で友だちを見つけて写すなり、家に帰ってから電話で聞くなり、秘密裏にやってしまえばいいのだ。
私もこういうことは、言いに来られたところで、全く大したことではないので、叱る気などさらさらない。
最後に、B君のメンタルの強さ 笑
彼は、本当にタフ。
人間としての味がめちゃくちゃあって、愛おしいキャラクターだ。
まあ、忘れっぽかったり、片づけが苦手だったり、マイペースだったりで、困ってることも多々あるが、本人は全くへこたれていない。
尊敬する。
いやあ、しかし、吉本新喜劇ばりに、きれーいなオチを見せてもらい、すごく得した気分になった 笑