小学校教員にょんの日々ログ

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23冊目「罪の声」 156

今年度23冊目の読了本はこちら。

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「罪の声/塩田武士」

ハードカバーで新刊が発売された時、

ずいぶんセンセーショナルに取り上げられていた記憶がある。

2020年には、星野源小栗旬のダブル主演で映画化も決定している。

今回文庫化されるにあたって、購入を決めた。

 

実在の未解決事件「グリコ・森永事件」をベースにした小説である。

京都で2代目の「テーラー曽根」を営む曽根俊也は、

ある日、亡くなった父の遺品の中に、一冊のノートとカセットテープを発見する。

そのカセットテープに録音されていたのは、

昭和最大の未解決事件「ギン萬事件」で

犯人グループが脅迫に使っていた音声で、

その声は子どもの時の自分の声そのものだった。

 

本作は、そんな衝撃的なプロローグから始まる。

この時点で、作品の持つ得体の知れなさ、底の見えなさ、

一筋縄ではいかない重圧を感じた。

ここに、新聞記者である阿久津英士も事件の取材に乗り出す。

本作は、この俊也と英士の二人の視点から交互に描かれていく。

 

ノンフィクションをベースにしたフィクション。

しかも、実在の事件として取り上げたのは、未解決事件。

この時点で、

こんなめちゃくちゃハードルの高い設定によく挑んだなと思った。

一つ間違えば、実在の事件とのズレがあまりに大きく、違和感が拭えず、

荒唐無稽の創作として見られてしまう可能性もあるし、

逆に、実在の事件をなぞりすぎて、

面白みのない話になってしまう可能性もあった。

 

でも、本作は、そのどちらでもない。

圧倒的にノンフィクションかと錯覚するようなリアリティで、

圧倒的にフィクションとしての面白さを確立している。

決して、軽快に読み進められる内容ではないにもかかわらず、

ページをめくる手を止めることができなかった。

 

主要人物二人の調査や取材によって、

少しずつ未解決事件の輪郭がはっきりとしてくる。

けれど、それは序盤から終盤まで一方通行的に

はっきりしていくようなものではない。

真相に近づいたと思ったら遠ざかり、

けれど、遠ざかったと思っていたところから、

本当に蜘蛛の糸のような細く見失ってしまいそうな

解決の糸口を手繰り寄せ、

少しずつ少しずつ前進と後退を繰り返しながら、

それでも話はじわじわと進んでいく。

そんな印象だ。

その話の展開のもどかしさ自体が、

この小説で扱うテーマの重さを表してるように感じた。

 

この未解決事件の真相を明らかにしていくのは、「人」だ。

数多いる登場人物たちが持っている情報が、

事件解決へ向けてのピースになっていて、

それらピース一つ一つが、

つながって少しずつ線になり、

その線は、長くゆるぎない一本へなっていく。

それらの登場人物一人一人の描写が本当に見事で、

それぞれの思惑や願い、感情が入り乱れて、

それらが物語を進めたり、読者を翻弄したりする。

 

…とこう書いていると、

この話の主題は、実在の未解決事件をモデルにした

作中の「ギン萬事件」の真相を明らかにすること

であるように思われるかもしれない。

確かに、それも本作の面白さの一つであることは間違いない。

しかし、読み進めていくと、未解決事件の真相の裏に隠れた

もう一つのテーマが見えてくる。

読んでいると、物語が進めば進むほど、

読者として、俊也や英士と同化して読み進めている自分に気づいた。

まるで、彼らの調査や取材に、同行しているような錯覚に陥った。

そして、その同化体験を通して、読了した今、強く思うのは、

 

タイトルの「罪の声」だ。

 

それこそが、本作で作者が扱いたかったテーマなのではないか。

登場人物たちは、未解決事件に大なり小なり関わった者として、

それぞれが自分自身に罪の意識というものを持っていた。

俊也は、身内が未解決事件の犯人だったのではないかという疑念、

英士は、マスメディアの一員として、

自分がこの未解決事件の真相に踏み込むことで、

関係者を傷つけてしまうのではないかという不安や躊躇い、

その他の登場人物たちもそれぞれに、葛藤や後悔、後ろめたさなど、

罪の意識にさいなまれているという共通点がある。

 

それら登場人物一人一人の「罪の声」を一つずつ丁寧に拾い上げていった結果、

昭和最大の未解決事件の真相が明らかになっていくのである。

つまり、未解決事件の真相というのは、あくまで「結果」でしかない。

それよりも重要なのは、事件に関わった者たちが心に抱える

「罪の声」に耳を傾け続けたというプロセスそのものだ。

 

そして、このあたりのことがはっきりしてくる中で、

主要人物の二人も、未解決事件の調査・取材を通して、

自分自身の「罪の声」から目をそらさず向き合い、答えを出していく。

いや、答えは完全に出たわけではないのかもしれない。

でも、答えを出そうとする苦しさや痛みから目を背けなくなっていく。

他の登場人物にしても同じことがいえる。

そここそが、本作の最大の魅力で見せ場だろう。

 

実在の未解決事件というセンセーショナルな出来事を題材にしながら、

本質的に、「人」が自らの犯した「罪」とどう向き合っていくのか。

どう向き合っていくべきなのか。

そこをこそ、読者に突き付けた作品ではないか、

そう強く感じた。

フィクションであることに違いはないが、

とても他人事とは思えない。

「あなたはどうするんですか?」

読み終わって、そう問われているような気がした。

答えは、出ていない。

きれいごとを言うのは簡単だが、

人は間違う生き物だ。

その中で「罪」と感じてしまうようなことが、

これからもあるかもしれないし、

これまでにあったことにいまだ「罪」を感じている、

ということもあるかもしれない。

しかし、誰も「罪の声」から逃れることはできない。

じゃあ、どう向き合うんだ。

向き合うことでしか、前向きな未来は待っていない。

だから、どんな答えが待っていようとも、

「罪の声」と向き合っていく姿勢を忘れてはいいけないのだろう。

 

エンターテインメント作品としても、超一級だが、

読了後、こんなに自分自身に戻って考えさせられるという

余韻の力強さもこの作品の魅力だと感じた。